雪は空中にあります

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てぃーだブログ › 雪は空中にあります › 2016年07月

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通過する荷馬車の音

2016年07月14日


「やっぱりおれは気にくわん」バラクがむっつり顔でこぼした。


 その先かれらは黙りこくって坐ったままシルクの帰りを待った。薪がはじけ、ガリオンはびくっとした。待ちながらふと、みんなでファルドー農園を出てから自分は大きく変わったのだと思った。あの頃はすべてが単純で、世界は味方と敵にはっきり二分されているように思えた。しかし出発以来、短いあいだにガリオンは前には想像もしなかった複雑さを知りはじめていた。かれは用心深く疑い深くなり、明らさまな悪だくみでないかぎりあの内なる声が与える警告にしばしば耳を傾けるようになっていた。何事も額面どおりに受けとらないことも学んでいた。以前の無邪気さを失ってしまったのは少し残念な気もしたが、乾いた声に言わせれば、そんな後悔は子供じみているのだった。
 やがてミスター?ウルフが階段をおりてきて、また一同に加わった。
 約三十分後、シルクが戻ってきた。「まったくもってむさくるしい男だ」と暖炉の前に立って言った。「察するに、よくいる追いはぎだな」
「ブリルは同じ水準の仲間を求めているのさ」とウルフが意見を述べた。「まだマーゴ人たちに雇われているなら、おそらくわれわれの監視にごろつきを雇っているだろう。しかし連中が捜しているのは荷馬車に乗った六人ではなく、徒歩の四人だ。夜明けも早々にウィノルドを出ることができれば、完全にやつらの鼻をあかせるだろうよ」
「ダーニクとおれが今夜は見張りに立つほうがいいと思うがね」バラクが言った。
 ウルフは賛成した。「名案だ。明方の四時頃出発することにしよう。陽がのぼるときにここから二、三リーグ離れていたい」
 ガリオンはその夜まんじりともしなかった。うとうとすると、残虐な剣を持った頭巾の男に暗く細い通りをどこまでも追いかけられる悪夢を見た。バラクに起こされたとき、目はざらざらし、寝不足で頭はぼうっとしていた。
 ポルおばさんは一本だけのろうそくに火をつける前に、部屋の鎧戸をしめた。「冷えこむのはこれからよ」と言って、前もってガリオンに荷馬車から運ばせておいた大きな包みをあけた。厚ぼったい毛織りのズボンと子羊の毛でふちどりしたブーツをとりだすと、「これを着なさい」とガリオンに言った。「厚手のマントもよ」
「ぼくはもう赤ん坊じゃないよ、ポルおばさん」
「こごえたいの?」
「そりゃいやだけどさ――」自分の気持を表現する言葉が思いつけず、ガリオンは口をつぐんで服を着はじめた。となりの部屋で、ほかのみんなが夜明け前に起きた者に特有のあの妙に押し殺した口調でしゃべっているのが、かすかに聞こえた。
「こっちの準備はできたよ、マダム?ポル」戸口からシルクの声がした。
「それじゃ出発しましょう」おばさんはそう言って、マントの頭巾をかぶった。
 その夜おそくのぼった月が、銀色の霜にきらめく宿屋の外の石をこうこうと照らしていた。馬たちを荷馬車へつなぎに行ったダーニクが厩から手綱を引いてでてきた。
 ウルフが声をひそめて言った。「馬たちをひいて道路へ出よう。で村人たちを起こすことはない」
 シルクが再び先頭に立ち、一行は宿屋の庭からゆっくり出た。
 村の向こうの野原は霧で白くおおわれ、青白くけむるような月光に色彩という色彩をぬきとられたように見えた。
 ウルフが荷馬車に乗りながら言った。「村人の耳に届かないところまで行ったら、できるだけ早くここから遠ざかろう。荷馬車はからだから、少しぐらい走らせても馬たちは疲れまい」
「同感だ」シルクが賛成した。
 全員が荷馬車に乗り、歩く速度で出発した。頭上の身のひきしまるような寒空に星が輝いていた。月光をあびた野原は白々とし、道路から奥まった木立は黒く沈んでいた。
 最初の丘のてっぺんにさしかかったとき、ガリオンはふり返って後方の谷に眠る黒っぽい集落を眺めた。どこかの窓から一条の光がもれた。金色の小さな光が一点ついて、また消えた。
「あそこでだれかが起きてるよ」かれはシルクに言った。「たった今明かりが見えたんだ」
「たぶん早起きの人間がいるんだろう。しかしそうでないということもあるな」シルクは手綱をわずかにゆすった。馬たちの歩調が速くなった。もう一度手綱をゆらすと、馬たちは小走りになった。  

Posted by にテニスエ at 12:47Comments(0)